鈴置:「米国には守ってもらうけど、中国と敵対するつもりはない」と言い続けてきた韓国。しかし、韓国の原子力潜水艦の保有承認を期に、米国はそんな都合のいい姿勢を許さなくなりました。
11月16日、在韓米軍司令官のX・ブランソン(Xavier T. Brunson)陸軍大将が、同ホームページに掲載した論文で、韓国人に覚悟を迫ったのです。「[Commander’s article]The East-Up Map: Revealing Hidden Strategic Advantages in the Indo-Pacific」です。
論文でまず目を引くのが、韓国を中心とし、東はハノイやマニラから、西はシベリアまでをカバーする東アジアの地図です(図参照)。通常の「北が上」の地図とは異なり、「東が上」です。
メルカトル図法に慣れた眼からすると「南が上」になっているように見えますが、距離を正確に示す図法で韓国を中心に描き「東が上」にすると、こうなるのでしょう。
ブランソン司令官はこの地図を使って、在韓米軍基地がいかに戦略的に重要かを訴えました。ポイントを訳します。
・[主要な在韓米軍基地である]キャンプ・ハンフリー(Camp Humphrey’s)は潜在的な脅威と極めて近い。平壌(ピョンャン)とは158マイルしか離れておらず、北京とは612マイル、ウラジオストクとは約500マイルである。
・韓国はロシアによる北方からの脅威に対処できると同時に、西側の海域からの中国の行動に影響力を発揮できる位置にある。
・より具体的に言えば、朝鮮半島はロシアが韓国の東の海に艦隊を展開するのにコストを強いる。同様に韓国の西の海で、中国共産党の北部戦区と北海艦隊にコストを強いる。
要は「韓国は中国やロシアを封じ込めるための強力で貴重な軍事拠点である」と強調したのです。軍事上の韓国観の大きな転換です。米国は中国を主要敵と定め、台湾有事に着々と備えています。その中で韓国は米国の防衛線の外側にあるかのように扱われてきました。
有事の際、韓国に駐屯する米陸空軍はグアムなど南方に移動して中国の台湾侵攻を牽制する――といった作戦が公然と語られてきました。つまり、韓国は「見捨てられ」かかっていたのです。
ブランソン司令官はそれを一転、韓国は敵の喉元に突き付ける匕首に活用できる、と主張したのです。米韓同盟は、ブランソン構想により首の皮一枚でつながるか、といった感じです。
もちろん「見捨てられ」は韓国側に責任があります。米国と肩を並べて中国と戦う姿勢を放棄したからです。日本の高市早苗政権は「台湾有事は日本有事」との認識の下、中国の侵攻に備えています。
一方、韓国では「台湾有事は韓国と一切関係ない。米軍と一緒に戦う役割は日本に任せておけばいい」が普通の認識です。米軍の南方転進構想は当然の結果でした。
ちなみに、高市首相の台湾有事を巡る国会答弁に怒った中国政府が訪日観光客を減らすなど嫌がらせを始めたことを報じたハンギョレの見出しは「中国で日本行き団体旅行キャンセル相次ぐ…韓国が漁夫の利」(11月19日、日本語版)でした。
――韓国にすればブランソン構想は朗報ですね。
鈴置:痛し痒しです。確かに「見捨てられ」は避けられます。しかしブランソン構想によれば、韓国が中国やロシアへの攻撃拠点になるのです。韓国がこれを認めれば、台湾有事が発生する前から米中二股外交が崩壊します。ブランソン司令官は具体的な中国攻撃のための発進基地にも言及しているのです。
[司令官の記事] 東上マップ:インド太平洋における隠れた戦略的優位性を明らかにする
プレスリリース PA-001-25 | 2025年11月16日
