「子どもは社会の宝」??この言葉自体は正しい。少子化対策の文脈で政治家や行政が繰り返すこのフレーズは、子育て世帯を応援する意図で使われる。だが、平塚氏はこの言葉が一人歩きする危険性を指摘する。
「『社会の宝』という言葉が、『だから社会が全面的に許容すべき』という論理にすり替わってしまうケースがあるんです。公共の場で子どもが騒いでも親が注意しない。周囲の人が迷惑そうにしていても『子どもなんだから仕方ないでしょ』『少子化社会なのに子育てに冷たいですね』と逆ギレする。こうした親の背景には、『子どもを産んだ自分たちは社会貢献している』という、ある種の特権意識があるのかもしれません」
多彩な政策には「少子化を食い止めるために、社会全体で子育て世帯を支えよう」という明確な意図がある。しかし、一部親は「受け取って当然」という意識になるというから恐ろしい。
「『支援があって助かる』ではなく、『支援があって当たり前』『もっと支援しろ』『支援が足りない』という意識が一部の親に根付いています。信じられないですよね…。そしてこういう一部の人の醜態が親全体を苦しめる羽目になる。最悪の循環です」
その背景には昨今、よく囁かれる「叱らない育児」の影響も少なくない。
「『叱らない育児』の本来の意味は、子どもの自主性を尊重し、頭ごなしに怒鳴るのではなく、理由を説明しながら導くという教育法です。しかし、一部の親はこれを『子どもを叱らなくていい』解釈し、公共の場でも一切注意しない。結果として、子どもは『何をしても許される』と学習してしまいます。『叱らない育児』が『放置する育児』にすり替わっているのです」
また子どもに興味がない親の姿もよく目に映るという。
「公共の場で騒ぐ子どもを放置する親の多くは、実は子どもを見ていません。スマホに夢中だったり、話をしていたり…子どもが何をしているかすら把握していない。そして周囲から注意されると『子どもなんだから仕方ないでしょ』と逆ギレする。子どもへの関心が薄いからこそ、躾もしないし、注意もしない。ただ『産んだ』という事実だけで、社会に対して優遇を要求するのです」
今回取材をした女性もまさにそんな子持ち様の姿を目撃したそう。
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